PROFILE
1996年11月19日生まれ。千葉県船橋市出身。小学2年で体操に出合い、小学4年から本格的に練習を開始した。「あん馬」を得意種目とする。高校3年の時に全国高校体操競技大会個人総合で優勝を果たすと、大学1年にあたる2015年には日本代表としてイギリスで行われた世界選手権に出場。37年ぶりの団体総合金メダルに貢献し、個人でも種目別あん馬で銅メダルを獲得した。翌2016年のリオオリンピックでは惜しくも代表入りを逃すも、2018年、2019年の世界選手権で再び日本代表に選出される。2021年には悲願の東京オリンピック初出場を果たし、主将としてチームを牽引。団体総合で銀メダルを獲得したほか、個人でも種目別あん馬で銅メダルに輝いた。萱 和磨選手の学生時代は・・・
体操が“負けん気の強い自分”を引き出した
近所の体操教室に通いはじめると、すぐに体操にのめりこんでいきました。自分だけ逆立ちができないのが悔しくて家で猛練習するなど、周りの人に「性格が変わった」と言われるくらい活発的な子供に。体操をはじめるまでは夢中になれるものがなかっただけで、元々目標があれば頑張れるタイプだったのかもしれません。偶然に出合った体操が、自分の中に眠っていた負けん気を目覚めさせてくれました。
はじめは逆立ちすらできなかったものの、1年が経つとようやく体操競技と呼べるレベルになり、千葉県大会に出場しはじめました。とはいえ僕は「天才」と注目されるような身体能力に恵まれたタイプではなかったので、この時はまだオリンピックは夢のまた夢。自分よりも強い子がたくさんいることを痛感しました。もっと強くなるために小学4年でUSJ船橋ジュニア体操クラブへ移り、地元の中学校に進学してからも外部のクラブチームで体操漬けの毎日を送りました。友達と遊ぶ時間はなかったですが、とにかく体操がうまくなりたいという一心で練習していたので「きつい」と思ったことは一度もありませんでした。
その後、体操の強豪校である習志野高校に進学。高校2年の時に2013年国際ジュニアで優勝すると、周りから日本代表入りを期待されるようになり、一気にオリンピックが近づいた感覚がありました。とはいえ特別な才能も武器もない僕は、体操をはじめた時からずっと“練習の積み重ねだけがよい結果を招いてくれる”と思っていました。そのため代表入りにリーチがかかると、さらに自分を追い込み、時には「身体を壊すから」とコーチに止められるまで練習したことも。案の定、高校3年は腰や足の不調に悩まされる1年となりました。ここで得た「練習は量ではなく、必要なことを必要なだけやるべき」という学びは、つい練習をしすぎてしまう自分のストッパーとして今でも活きています。
37年ぶりの金メダルメンバーから一転、サポートメンバーへ
自分の弱みと向き合うことで、5年越しにオリンピックの切符を手に
そして大学1年の10月、イギリスで行われた世界選手権(2015年)ではじめて日本代表に選ばれ、団体で金メダル、個人でもあん馬で銅メダルを獲ることができました。“はじめて”が功を奏し、怖いもの知らずで世界の舞台に飛び込んだ結果、自分でも納得の100点満点の演技ができました。ただ、終わった時は「うれしい」というよりも「うまくいった」という感覚でしたね。輝かしい結果とは裏腹に、勢いまかせで演技した部分があったため成功の理由を言語化できず、自分に足りない部分を見つけられずに終わってしまったのです。成長につながるヒントを得られなかった僕は、翌年のリオオリンピックで代表落ち。サポートメンバーとしてスタンドで過ごしたオリンピックは人生で一番悔しい経験で、この先よっぽどのことがない限り、これ以上落ち込むことはないと感じたほどです。また、世界選手権まではがむしゃらに練習して得意を伸ばせば結果を出せていましたが、ポテンシャルと勢いだけでは成長できなくなってきたことを痛感しました。
リオオリンピックが終わり帰国すると、僕は空港から体育館へ直行し、練習を再開しました。東京オリンピックに向けて冷静に自分の弱点と向き合い、あん馬以外の種目も代表入りできるレベルまで技術を高めようと決めました。特に苦手なゆか、つり輪、鉄棒、跳馬を各種目1年ずつ、合計4年かけて強化していったのです。すると国際大会の種目別ゆかで優勝するなど、徐々に結果がついてきました。練習するほどに自分が強くなっている手応えを感じて、とても楽しかったです。
そして2021年、ついに子供の時から夢見たオリンピックの舞台に立つことができました。種目別あん馬では、高難易度のブスナリという技を決めることができ、「結果はもういいや」と感じるほどの達成感を味わいました。結果は銅メダル。自分の実力としてはこれ以上ない結果だったと思います。一方の団体は4人全員がノーミスで演じきりました。しかし金メダルを目指していた僕たちにとって、銀メダルという結果には悔いが残りました。2024年のパリオリンピックこそは金メダルを獲れるよう、「ミスのない安定した演技」に加え、スローで見てもつま先がピンと伸びているような「美しい演技」を追求していきます。誰にも負けない濃密な練習で、次こそは夢を掴みます。
萱 和磨選手からのワンポイントアドバイス
自分時間をうまく使えるようになってほしい
(1)練習前後の入念なストレッチ…体操に限らず、どのスポーツにも共通して言えるのはケガをしてはいけないということ。ケガを防ぐには練習前や練習後のストレッチが大切です。僕はいつも少なくとも30分はアップの時間に充て、その日の練習でよく使う部分を伸ばしたり、不調を感じる箇所があればそこを重点的にほぐしたりします。部活動だとそこまで時間を掛けられないかもしれないのですが、練習前後の時間を使って自主的にストレッチをすれば、ケガの確率はぐっと減るはずです。
(2)試合前のイメージトレーニング…緊張を和らげるためには、前回の試合の映像を見て、当時の演技の仕方や緊張感を疑似体験するのがおすすめです。また、試合会場がはじめて訪れる体育館の場合、過去にその体育館で行われた試合映像を見て器具の配置だけでも把握しておきましょう。環境に馴染めず普段の力が発揮できなかった、なんて事態を防ぐことができます。
(3)定期的な基礎トレーニング…身体づくりやケガ防止には基礎的なトレーニングが役立ちます。そのひとつが倒立です。倒立はどんな種目にも欠かせない基本の動きのため、体操をしている方なら難なくできてしまうでしょう。それでも、ゆかやつり輪などで30秒から1分間倒立をキープする練習を取り入れることで、身体がつくられ、1ヶ月後、1年後の自分を支えてくれます。
高校生のみなさんに何より大事にしてもらいたいのは、「自分には何が必要か」を考えることです。部活動だと全員で同じ練習メニューをやることが多いですが、身体能力も得意不得意も人それぞれ。その練習が本当に自分に合っているかはわかりません。とはいえ一人だけ別のことをするわけにもいかないので、部活動以外の自分の時間をどれだけうまく使えるかがポイントです。苦手なことや強化したいことをみっちり自主練習しましょう。今は動画サイトにスポーツ選手の練習動画がたくさんアップされているので、活用しない手はありません。ほかにも、ケガを防ぐためにお風呂上がりにストレッチをする、疲れやすいから早めに寝て休む、筋肉が付きにくいから食べるものを工夫するなど、個人でできることはたくさんあります。身体のケアまで気を遣れば、きっとよい結果につながっていくはずです。
※掲載内容は2023年3月の取材時のものです。
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